通知表

小春日和で残雪が姿を消し、年に2回の通知表の季節がやってきた。
この日はバス停も地下鉄駅も、もらいたての通知表を手にわいわいする子どもたちの姿が目立つ。
ミッテル・シューレ(中学校)へ通う次男カズ(11)。
…帰ってこない。
いらいらと帰りを待つ親を尻目に、友だちの家へフケる。
「で、どうだったよ」
ようやく帰ってきたカズに尋ねる。
「う〜ん、ちょっと…」
歯切れが悪い。
130202School report.jpg
ドイツ語と地理に苦戦している。5段階評価で下から数えた方が早い。
でも、セメスター初めに苦しめられた英語は見事に逆転。算数と生物もよくできた。
カズはちょうど3年前、ドイツ語のドの字も知らないまま、いきなりウィーンの現地校に放り込まれた。
インターナショナルスクール(英語学校)とは違い、ドイツ語教育の現地校に永住者以外の日本人が行くことはほぼない。
カズは英語もまったく知らなかった。いったいどうやって先生や級友と意思の疎通を図ったんだろう。無責任な発言だが、不思議だ。
インター校や日本人学校という選択肢もあったが、我が家は現地主義に徹することに決めた。
本音を言えば、高校生だった長女ユカをインターに行かせるので精一杯で、タクとカズまでカネが回らなかった。
インター校の授業料の高さは半端じゃない。2年間の授業料でピッカピカのベンツが1台買えてしまうほどだ。
しかも、民間企業の教育補助などたかがしれている。
ゴメンな、タクとカズ。
でも、苦しいことばかりじゃなかったと信じたい。
たくさん友だちもできたし、今ではお父さんがまったく理解できないドイツ語をベラベラしゃべっている。
今でこそ海外で仕事をするようになったけど、私には語学の自信が全くなかった。
中学や高校の英語の授業はひどかった。ネイティブの先生がいなかったから、発音はカセットテープで学んだ。
田舎だったから、外の世界にあこがれたけど、高校を卒業するまで外国人と話をする機会さえなかった。
私の目から見れば、世界のいろんなところで暮らし、見て、食べて、話せる子どもたちがうらやましい。
でも、親の都合で何度も転校させられた子どもたちには、ありがた迷惑だったかな。
もじもじしているカズを見ていると、甘酸っぱい思いがこみ上げてきた。
「まあ、いい。じゃあ、半年後の目標を立ててみな」
「こんな感じかな」。控えめな目標を提示するカズ。
「少し覇気が足らん気もするが…。遠慮するな、英語は1だろ、1(こちらでは5段階評価で1が最高)」。強引な私。
「うん、がんばる」。殊勝なカズ。
「よしよし、お前はやればできる」
心の中で暖かい声援を送る私の耳に、子ども部屋から妻の絶叫が響き渡った。
「何よ、これ!!」
机の中から引っ張り出されたのは、赤ペンで大きく「5」と書き込まれたプレゼンテーション試験の結果だった。
何だよ、ブチ壊しじゃん。ホントに大丈夫か、カズ? BYニック
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